ふんわりな日々

いつもはふんわりしてますが、たまにキビキビ動きます。

禁煙は楽しいよ④

これまでのあらすじ

 

タバコに連敗しながらも、なんとか自分自身の持っていきようでやめられそうだぞ!と思い始めた僕は、いよいよ実行にうつすのでした。

 

禁煙するにあたって

 

まず心構えです。

ハートが弱い僕は、失敗した時のために着地点を用意しました。

だって「失敗する度にタバコから逃れられなくなる仕組みがある」ってわかったからね。

 

とりあえずこれから行うのは禁煙じゃなくて、脱洗脳大作戦だって事に。

タバコに騙されてる自分を救うゲームだって思う事にしました。

 

なんか絶対やんなきゃとか思うと自分を縛ってしまいそうで嫌だったんです。

 

だから途中で諦める事になったとしても、今の時点ではまだレベルが足りなかったという事にしようと。

またレベル上げして挑もうと。

そんな軽いスタンスにしました。

 

禁煙のペース

 

吸う事に関しては制限しないようにしようと決めました。

吸いたいだけ吸う。

止められたらその分はやめる。

吸いながら禁煙です。

 

経験値システムの導入

 

とりあえずRPG的にいこうかと思いました。

ただ我慢するんじゃなくて

 

  1. なんで今吸いたくなったのか考えて、自分の中の「吸いたくなるトリガー」をあらわにする。
  2. そしてその時の気分で吸わなくていいかって思えたら吸うのをやめる。
  3. 以外、トリガー発動の度に自覚して、その上で吸うか吸わないか決める

 

といった流れです。

ゲーム的な流れにすると

 

  1. 吸いたくなったら戦闘開始。
  2. トリガーをあらわにすれば攻撃ヒット
  3. 吸うのを思い止まったら勝利。経験値ゲットです。

 

それで、以降毎回トリガーを回避することができたらレベルアップなわけです。

 

これをすると自分を客観的に見ることができるようになるし、なんだか次に吸いたくなるのが楽しみになってきます。

 

負けそうだったら「にげる」すればいいわけですしね。

毎回勝つ必要はないし、このへんのユルさとか気楽さが僕には合ってたのかもしれません。

 

勝つことが増えて、レベルも上がって、そのうちレベルがいくつかとか気にならなくなった頃、また1つ発見がありました。

 

これって自分を理解するのに役立ってんじゃね?

って事です。

 

自分がどんな時に頼りたくなるのかとか、そういう指向性みたいなやつです。

 

自分の耐性とかを知る事は、自分をコントロールするのに役立つのではって思いました。

 

そうすると楽しくなるんですよね。

 

僕の場合、ある時を境に一気に0本になりました。

妻もびっくりしていたようで、後に「また失敗するだろうと確信していた」と言われました。

 

 

こうしてタバコを楽しくやめた僕ですが、やめて気づいた事とか色々あります。

次回はその事について書こうかと思います。

禁煙は楽しいよ③

ここにきて発見がありました!

 

最近の記事はスマホで書いているんですが、打ち込み欄の下、文字数を表示している真ん中に、なにやら3つの点がある事に気付きました。

 

何気にスワイプしてみると、色々な機能が使えるようになっています!

なんか見出しとかリストとか挿入とか、PCじゃないと無理なのかなーとか勝手に諦めてた機能が手軽に使えるようになっています!

今更ですね。

すいません。

 

そんなわけで、色々試行錯誤しながら書いていこうと思います。

 

これまでのあらすじ

 

  タバコを吸いすぎていた僕は禁煙を試みましたが、ビビったり失敗したり自己嫌悪したりして、結局やめられなかったのでした。

 

んで今回は、禁煙に突入するきっかけを書きます。

 

そんなこんなでスパスパ吸っていましたが、それまでの経験から、自分がタバコに依存する理由がなんとなく掴めてきていました。

一般的な依存の理由としては

  • ニコチンが切れる事からの禁断症状
  • 精神依存

なんかがよくあげられますが、僕の場合は後者の「精神的な依存」だとほぼ確信していました。

 

僕の場合、吸いたくなるのは起床、出社、成契、食後、コーヒー、パチンコ、酒、麻雀など、何かしらの契機というか、タイミングの時で、没頭している時はタバコの事なんか思い浮かびもしませんでした。

それと前回書いたような勝手な解釈も合わさって、精神的なアレかなぁと思っていたわけです。

 

さて

自分なりに調べてみると「ニコチンは大体2日もあれば体から抜けちゃって、抜けきってしまえば禁断症状もほとんどない」とかいう都合の良い記事を発見しました。

とりあえず採用です。

真意は定かではありませんし、今となってはどこに書いてあったのかもわかりませんが十分です。我が意を得たりです。

 

さらに当時流行った本で「禁煙セラピー」という本がありました。

「タバコを吸いながら読んでもいいですよ」というある意味挑発的な煽りに魅かれて読んでみると、当時の僕にとってはとても為になる事がいくつか書いてありました。

  • 喫煙はメーカーの仕組んだ罠である
  • 吸いたくなるのは心のトリガーが引かれた時
  • やめなきゃと思うほどやめられなくなる
  • 思いとどまった時に「損した」と思う事は、その後倍の後悔になって依存を増す
  • 「損した」と感じるコントロールは間違っている
  • 良かった、得したと感じられた事は苦にならず続けられる

それまで漠然と感じていた事が活字になっていてビックリしました。次々と採用です。

 

ここにきてついに、タバコとの関係性についての考え方が変化してきました。

  • タバコをやめられない事と弱い事を混同しない。別問題ととらえるべきだ
  • タバコは吸っているのではなく、吸わされているのだ
  • 今まで失敗したのは「損した」と感じる方法を取っていたからだ
  • ニコチン中毒は想像するほど大した事はない
  • 自分はダメ人間じゃない
  • タバコも悪くない
  • 悪いのは「仕組み」と「それを作って儲けてる人達」だ
  • 仕組みにハメられてるなら、抜け出す事は可能だ
  • 仕組みとは、人の罪悪感と劣等感から行動を制限する心理的作用だ
  • つまり、「損した」と感じない方法を取れば仕組みから抜け出せる
  • 仕組みから抜け出す事とは、つまり禁煙が成功するという事だ

という感じです。

目が覚めた思いでした。

 

いよいよ次回は具体的にどう辞めていったのか、どう楽しんだのかの話をしようと思います。

禁煙は楽しいよ②

※前回までのあらすじ

  若気の至りでタバコに手を出してしまった僕は、 どんどん本数が増えていき、気がつくと1日2箱以上吸っていました。

 

今回は禁煙がうまくいかなかった話です。

その辺りの心境を知っておくと、後の禁煙がとても楽しいものになるので、まあ伏線だと思って読んでいただけるとシアワセです。

 

でも今思うと異常ですよね。

だって1日ののべ6時間吸ってんですよ。

煙を。

で、なくなるとイライラしたりして怖くてドキドキしたりして。

 

ある時そんな自分が見えてきて、なんとなくやめてみるけど上手くやめられなくて、なんか俺ダメ人間だな〜とか思い始めました。

 

でもこれちょっとおかしいんですけど、別にタバコ吸ってたってダメ人間なわけじゃないんですよね。

 

でも吸ってた時はそう思っちゃってた。

タバコを止めるには強い意志が必要で、やめれない僕は意志が弱いわけで、意志が弱い僕はダメな人間なのかな〜とかいう謎論法でした。

そいで、ダメな俺はタバコ吸っちゃうもんねーみたいな感じでより吸っちゃうみたいな悪循環で。

 

やっちゃダメだよって言えば言うほどやめられなくなるって言うけど、今思うとホントでしたね。

バッチリハマってました。

凄いね心理学って。

 

思うんですけど、クスリとかタバコのこういうのって、もうテンプレみたいなもんなのかなって。

ダメな自分に酔いながら続けちゃうみたいな。

無意識下で悲劇に酔ってるみたいな。

ダメな俺を受け入れてくれるのは、許してくれるのはこれしかないのよ的な依存みたいな。

この仕組み考えた人って天才だよね。

タバコは悪いものですよって言えばいうほどハマっちゃうんだもんね。

 

挙げ句の果てによくあるセリフも言ってました。

タバコ吸ってても癌にならない人だっているとか、タバコミュニケーションがあるとか、そういうやつです。

自分に言い訳しなきゃいけなかったんでしょうかね。

これも前述した仕組みですかね。

 

そんなこんなで禁煙しなきゃと思うものの、失敗してダメな自分を自覚するのが怖くて、なんとなく本数を減らしていくやつとかガム噛んで代用とか色々ライト禁煙を繰り返しては失敗し、ダメな自分を自覚して、ますますタバコから逃げられなくなっていってました。

 

そんな僕にも機会がやってきます。

そう。禁煙できる機会です。

なんか突然わかって、楽になれる時がきたんです。

 

次回はいよいよ楽しい禁煙の本題に入っていきます。

禁煙するためにまた吸おうかなーとか思っちゃうくらい、禁煙は楽しいです。

禁煙は楽しいよ①

当時は1日あたり最低2箱は吸っていました。

 

本数にして40本。

1本吸うのに10分くらいかかるとして、400分。

時間にすると6時間半くらいは吸っていた事になります。

朝吸って、出社道中吸って、到着して吸って、コーヒー飲んで吸って、外回りに出る前の踏ん切りに吸って…

とにかく間が空くと吸ってました。

 

今は全く吸っていません。

日に40本から一気に吸わなくなって6年ほどになります。

たまーに吸いたいかなーと感じることはありますが、別に切実じゃあないし、ほっとけば消えていく程度です。

 

でもですね

僕はもったいないから向き合う事にしてます。

吸いたい僕に。

だって楽しいんですもの。

禁煙。

でもこの話をすると、嘘だろーとか無理だよーとか言うんですよね。

あと変わってるねーとか。

そんな事ないのに。

楽しいのに。

会話だと伝わりにくいのかなー

という事で、本当は禁煙って楽しいんだよーって事を書いてみます。

 

僕とタバコの馴れ初め

 

さて、禁煙の何が楽しいかなんですが、それを伝える為には「なぜタバコを吸うのか」から話さねばなりません。

 

僕がタバコを吸い始めたのは大学の4回生の時で、卒論と失恋と将来への不安なんかが人々のピュアな心を押し潰そうとしてくる時期でした。

その頃の僕はもうまさにその通りで、半分腐ってタバコを口にしたのでした。

むせながら煙を吸い込んでは、これが大人へのイニシエーションなのだとか勝手に解釈しながらタバコを吸う自分に酔っていきました。

 

はじめは軽かったタバコもだんだん重くなり、気がつくと赤マルソフトに。

ソフトケースがくちゃくちゃになっていくのを渋いとか勘違いしながら吸っていました。

 

でもやっぱりこういうクスリ系のモノはだんだん効かなくなっていくんですね。

1週間1箱で持っていたのが気がついたら2箱3箱。

そのうち1日1箱になっていつしか1日2箱を超えてました。

これなんですけど、依存性があって耐性がついて量が増えていくとかって、なんか危ないクスリみたいですよね。

 

なくなるとイライラするから切れるのが何より怖くて、カートン買いしてカバンにいつも5箱くらい入れてました。

タバコがあっても火をつけられないとダメなので、ライターなんかそこら中に予備ライターを仕込んでました。

 

とにかく吸えなくなる状況が嫌でした。

嫌、と言うか、恐怖でしたね。

 

そんな僕が禁煙を意識しだすのも当然な流れで、それとない失敗もたくさんしていきます。

その話は次にしてみようかと思います。

画角と明るさについての話

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素数だけ多くても、センサーが小さいと荒くなっちゃいますねえ…

でも、これはトイデジなのでそれでいいのです。

移動しながら撮ったので、近い景色が斜めに写っていますね…

 

 

こんにちは。

 

今回はレンズとか風景を切り取ったりとか

まあそんな時に役に立つ知識。

画角と明るさの話です。

 

画角ってなに?

 

画角というのは、ざっくり言ってしまうと

風景を切りとれる範囲とでも思っていて下さい。

 

まあ、角って字が当てられてる通り、焦点からレンズを通した角度…的な理解をちゃんと勉強した方が良いんでしょうけど、それはもっと欲が出てからでもいいかもと僕は考えます。

 

今では36mm辺りが標準の画角なのかな?

以前は50mm辺りが標準だったようです。

撮る対象が変わってきたんでしょうか、時代でしょうか…

 

画角の数字は小さいほど広い範囲を撮ることができます。

ふつーに見える範囲は36mm

注視している視界が50mm

そんな風に言われています。

10mm台の画角だとすんごい広範囲が写せますし、接写するとこれまた大迫力な画が撮れます。

対して400mmくらいあれば、子供の運動会でグラウンドの反対側から顔のアップまで撮ることができます。

 

で、ここで気になってくるのがズームなんですが、強引に一言で言ってしまうと

「画質と明るさを犠牲にして無段階の画角を得たシステム」

となります。

 

それがどんなものかざっくり書きますね。

レンズは外の景色をセンサー(フィルム)の位置で焦点が合うように設計されます。

なるべく適した構造で、隅々まで歪みが生じないように、可能な限り明るい構造を追求しているわけです。

なので、1つの画角のみのレンズ、いわゆる「単焦点レンズ」ですと、例えば36mmの画角で明るさf=1.8とかが実現できるわけです。

 

それを無段階でレンズの距離を変化させたり、伸ばしたり縮めたりしようとするわけですから、当然無理が出てきます。

結果として同じ36mmでも明るさが3以上になってくるわけです。

 

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これもトイデジです。必要以上にこってり写る感じとか、お手軽に偶然を楽しめるのでおすすめです。

 

明るいって? 

 ここにきて明るいと何がいいか知っておきましょう。

シャッタースピードを稼げる

・ボケやすくなる

・明るさの選択の幅が広がる=キラキラできるし、重ーくもできる

・シャープに撮れる

などなど、明るいことで表現の幅は格段に広がります。

明るいレンズを使うだけで、同じ写真が別物のように良くなっちゃいます。

 

それはなんででしょうか?

少し前に露出の話をしました。それを思い出してください。

露出っていうのは、光の量を調整することでした。

レンズが明るいと言うことは、多くの光を(明るいままの状態で)フィルムまで届けることができる、という事を表します。

つまり、早いシャッタースピードでも撮れる、となります。

明るさを調整すれば、遅くも早くも自由自在。止まった写真も、動きのある写真も自由に選択できるわけです。

また「元々の値が暗い」というのは、「明るいレンズの絞りを絞った状態」でもありますので、ボケにくくなるわけです。

 

ここまでふんわり理解したら、高価なレンズのお値段を調べてみてください。

単焦点で明るいレンズほど高価ですよね。

ズームレンズも、明るいものは構造の矛盾を是正するためにズーム範囲が狭いはずです。

 

僕も明るい単焦点を手にした時は、その写りの違いにびっくりしました。

同じものを撮ってもこうも違うか、とか

なんとなくとってもそれなりに見えちゃう、とか。

 

論より証拠。

どうしてもという時は、カメラ屋さんにメモリーカードを持参してとり比べて見てもいいかもしれません。

帰宅後モニターで見比べた時、きっと同じように驚くことと思います。

大きい画面で見れば見るほど違いが出ます。

是非是非やってみてください。

露出についての話

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--- とろけるように鮮やか。フジの発色。

 

 

こんにちは。

 

今回は光についての話です。

具体的には絞りとかシャッタースピードについての話になります。

 

絞りとかシャッタースピードってなんなの?

 

絞りもシャッタースピードも、光の量を調整するものです。

量が少なければ時間を多く、量が多ければ時間を長く。が基本です。

許容量を超えると画像は真っ白になってしまうので、光の総量には適量というものがあります。

ですので双方のバランスが重要なわけです。

 

写真にとって光はとっても大事です。

構図とかコントラストとかにもそうなんですが

それよりなによりフィルムに焼き付けるのが光だからです。

 

レンズを通して入ってきた光にフィルムが反応して風景が焼き付けられます。

 だから光が当たっている時間とか量をコントロールしないといけないんですね。

 多すぎると反応しすぎて真っ白になっちゃいますし、足りないと反応が足りなくて暗〜くなっちゃいます。

 

同じような役割なら、どっちかじゃあダメなの?

ダメなんです。

ちゃんとそれぞれに役割があって、その組み合わせで素晴らしい効果が発現するんです。

というわけで、それぞれの効果についてまとめてみますね。

 

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絞りって?

 

絞りは入ってくる光の量自体を調整するものです。

絞れば少ない量の光が、開けば大量の光が、フィルムやセンサーに入ってきます。

光が多ければ必然的に照射時間を短くしなければならないので、ピントの合う距離は短くなります。

少なければその逆です。

要は ぼかすなら開放で。 ということになります。

主題を強調したければできるだけ開放してピントを合わす部分を強調することができるわけです。

 

人間は、視界に入っていても、意識した部分以外は認識しないでいることができる脳の機能を持っています。

それは効率よく状況を認識するための機能だと思うのですが、それをピントの合っている範囲とボケているそれ以外として表現することができるわけです。

 

ボケ自体の美しさもありますが、総体としての表現技法として意識して撮影するとより効果的ではないかと思います。

 

シャッタースピードって?

 

シャッタースピードは光の照射時間をコントロールするものです。

時間をコントロール

ですから、動いているものを撮影するときには早く設定することで止まって写せますし、長く設定すれば移す続けることができます。

例えば、運動会などで走っている我が子や、疾走する車両、躍動する動物を撮る時は短くすれば、止まって写せます。

逆にじっくり撮れる静物や、動きそのものの軌跡を残したい時には長めに取れば良いわけです。

 

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絞りとシャッタースピード

この二つの要素のバランスは、色々撮ってみて自分で掴むのが一番です。

たくさん撮って、できるだけ大画面で確認してみてください。

そうすれば、開きすぎとか早すぎとか実感できるはずです。

スマホとかタブレットではなく、11インチ以上のモニターいっぱいに表示してみてください。

そうすれば違いとか効果とか一目瞭然に自覚できます。

 

そんなわけですが、なんでそうなるのかとかそういった細かいことは全く省いていますので、興味のある方はぜひグーグル先生などで検索して読み漁ってください。

楽しいですよ!!

 

ではでは今日はここまでで、次はレンズのことを書こうかと。

明るいレンズとかズームとかそういうやつです。

 

フィルムカメラにハマった時の話

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こんにちは。

 

今回はフィルムカメラっていいよーって話をしようと思います。

 

 

以前、デジカメの吐き出す画は

それぞれのメーカーのプログラムによって

造られたものだって書きました。

 

そうなると当然

本来の色ってどんななんだろ?とか

良いレンズの定義が昔と今とじゃ違ってるのでは?とか

色々興味が出てくるわけです。

 

その頃たまたま入ったカメラ屋で中古のフィルムカメラを目にしました。

CanonのAE-1programブラック

レンズはFD50mmF1.4

この機種にありがちなシャッター鳴きもファインダーのプリズム腐食もない実用品がセットで3,600円。

気がつくと買ってワクワクしていました。

 

近くの写真屋でフジのASA100記録用24枚取りを買って、家族や景色を一通り。

現像あがりをドキドキして待って

初めて写真を見た時

デジカメと違う暖かさと確かさに、ちょっと感動しました。

 

フィルムは素直でした。

 

レンズを通して受けたそのままの世界を

文字通り焼き付けていました。

そこにはメーカーの思惑も画素数のまやかしもなく、そのままの世界が切り取られていました。

 

もっとキレイに撮りたい。

見映えのする画を撮りたい。

 

そう思って撮っていると、気付きます。

オートにしてちゃダメだ。

光とか絞りとかシャッタースピードとか、ちゃんと理解したい!

職人の技と拘りと意地の詰まった、フルメカニカルのカメラが欲しい!

 

気がつくとCanonIIDと、ライカのズマール50mmを買っていました。

今回のブログトップにあるのがそれです。

 

レンジファインダーの強み弱み

フィルムを巻く時の手応えとか

ダイヤルを回してる時の機械を弄ってる感とか…

 

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--ハーフサイズカメラの名機、OLYMPUS PENです。誰でも気軽に撮れるようにっていうコンセプトは今も受け継がれていて、ホント凄いなーって思います。

 

 

中判カメラの精密な写り

ポジフィルムの鮮やかな世界観

ウェストレベルファインダーの夢の中のような世界

などなど…

 

 

本当に楽しく写真を撮る事ができました。

 

だから勉強もしました。

暇があれば調べまくって、頭の中で整理して、確かめるためにまた調べて…

 

 

今はほとんどの事をカメラがやってくれちゃいます。

ただ、便利になればなるほど、使う側は原理原則から離れていきます。

だって知らなくてもできちゃうから。

 

でも、これはカメラだけじゃないと思うんだけど、知らないと損するんですよね。

知ってる人のレトリックに巻かれて、損しながら気付かずに自己満足だけしてるみたいな。

当然そこにつけこむ人達も当然いるわけで…

知らぬが仏って言う人もいますが、僕はそれじゃ嫌だったし、僕の周りの人にはそうであって欲しくなかった。

 

でも専門的な事って、難しく書いてるところが多いような気がしました。

 

だからまとめてみようと思いました。

分かりやすく導入に特化して。

アウトラインを掴んだら、後は調べればわかるように。

 

筆は鈍いですが、ちくちく書いていきますので

これからもよろしくお願いします。